

2025.09.22

医療法人社団ありせファミリー歯科ブログにようこそ。
今回のタイトルは、【無駄な努力にも意味がある】です。
意味があるなら、そもそも「努力」を「無駄」とは言えないのではないでしょうか。
実は、その通りです。

「無駄な努力だった」と思う状況、
例えば、自分の限界まで努力して、それでも目標を達成できなかったとき。
その場面に直面した際には、「自分の努力は無駄だった」と、感じる人も多いでしょう。
ところが、成功につながらなかった努力は、人生のその先の未来のある時点では、「無駄ではなかった」と気がつくことが大変多いのです。

努力とは、ある目的を達成するために、強い意志を持って、自分の気力と体力の限界に挑戦しながら、繰り返し行動し続けることです。
実は、多くの人にとっては、人生のうちに何度も経験できることではありません。
目標を叶えられなかった努力は、植えたのにもかかわらず、発芽しなかった植物のタネのようなものです。
その時には、まだ誰も知られていなくても、いずれ必要なタイミングで、必ずそのタネは芽吹き、大きく育つ時がやってきます。
私は、人生の50年をかけて、やっとこのことに気がつきました。
夢は、まず叶うことは、ほとんどない。
努力をしても、報われないことの方が、世の中にはずっと多い。
しかし、いったんは努力が報われなくても、何年も経ってから、その努力が、全く予想していなかった素晴らしい未来を、必ず導くことになります。
人は、努力の末に夢破れたとしても、その努力は知らず知らずのうちに、タネとして地面の下に埋まった状態のまま、発芽する日を待つことになります。
そして、すっかり忘れたころに、全く予期していない形で、そのタネは芽を出して、成長していきます。

これだけ複雑で、不可解な世の中であれば、人間の思惑通りに物事が運ぶことなど、まずあり得ないのが現実です。
世界一の大富豪でさえ、全てが自分の思い通りの未来を手に入れることは不可能です。
人間の頭で考えること、思いつくことには、限界があります。
そして、現実は、私たちの想像をはるかにこえた未来を、必ず常に用意しています。
だからこそ、描いた夢が、もしもかなわなかったとしても。
そのために頑張った努力は、結果的には思いがけない形で、素晴らしい未来を必ず導きます。
このことは、私たちが生きているこの世界において、間違いなく真実の法則であるということを、私は50年間の人生で確信するようになりました。
それを、一言にまとめると、
【無駄な努力にも意味がある】
ということになります。
ちなみに、一つの例として、私の書道の努力についてお話します。
私は小学校3年生から習字を習い始めて、高校卒業までずっと続けていました。
しかも、高校では書道部に所属し、部長も経験しました。
これだけ、長く続け、最終的に六段まで昇段しましたが、その努力が何かの形で報われることは、全くなかったとずっと思っていました。
しかし、最近になって気がついたことがあります。
歯科医師としての業務に、仮の歯を作る際に、プラスチックを溶かして、即席で形成する作業があります。
専用の液体と粉末を混ぜて、プラスチックを、歯の形に成形していくのですが、筆を使って行います。
この、即席で仮の歯を作る際には、書道の技術が大変に役立っています。
おそらく、私自身の書道六段の腕前が、如何なく発揮できる舞台に、日々恵まれていることに、気がつきました。
美しい字を筆で書く技術が、美しい仮の歯を筆で成形することに役に立つ日がくるとは、まさか高校時代の私は夢にも思っていませんでした。
まさに、無駄な努力にも意味はあるのだと、改めて思います。

久しぶりに、筆ペンで字を書いてみました。
書道の経験は、歯医者には、あまり必要ないスキルに見えるかも知れませんが、仮の歯を作成する際には、造形のイメージ構築や、運筆のテクニックなど、実は非常に役に立っています。