

2022.02.11

医療法人社団ありせファミリー歯科ブログにようこそ。院長の同前と申します。
この「同前(ドウゼン)」という苗字は、全国的にも珍しいものです。
わたしの出身地である岡山市南区妹尾では、ごくありふれた苗字だったのですが、他県に住んでいると、同じ苗字の人に出会うことはありません。
私自身も、自分の苗字について、どういう意味があるのかは全く知らないままでした。ネット上では、検索すると、いちおうそれらしい由来は見つかるのですが、あやふやな部分も多く感じられるので、自分でも調べてみることにしました。
実家のある岡山に帰省した際に菩提寺で聞いたところ、詳しく教えてもらえたので、今回は、私の苗字である「同前姓」の由来についてお話します。
織田信長の天下統一の途上において、織田信長軍の配下の羽柴秀吉は、中国地方に侵攻しました。その際に戦場となったのが、備中高松城です。
羽柴秀吉は、備中高松城を「水攻め」という方法で攻略します。
そのために、備中高松城は、城主の清水宗治と、その配下の兵士たちが籠城戦を強いられました。
この際の、清水宗治と共に籠城戦を戦い抜いた一団が、のちに「清水同前」と呼ばれました。
現在の岡山市南区妹尾から従軍していた漁師の「和田三郎兵衛」という人物が、備中高松城の戦いの後に、漁師に戻りました。その後、江戸幕府の政策により、武士以外が苗字の公称を控える必要があったため、屋号として「和田」の代わりに「同前」を使うようになったのが、同前姓の始まりだと考えられるそうです。
後に、「和田三郎兵衛」以外にも、水に沈む城の中で籠城戦をともに戦った兵士の子孫が、血縁に関係なく、隠し名として「同前」の苗字を使うようになったそうです。